水産養殖×テクノロジーで食糧問題を解決——
元JAXA研究員がつくる一次産業の未来
ウミトロン株式会社は、水産養殖業にIT技術を取り入れ、“餌やり”をデータに基づき効率化する「ウミガーデン」を開発しました。ウミトロンの創業者である藤原謙は、元JAXA研究員。宇宙というフィールドに身を置いていた彼が水産養殖に乗り出したのは、未来の食糧問題を解決する大きな意義を見出したからでした。
熟練生産者でなくとも効率的な養殖を可能にするテクノロジー
▲ウミトロン代表取締役の藤原謙
ブリやマダイ、クロマグローー。私たちの食卓を彩る魚には、養殖で育てられたものも少なくありません。この養殖業において、昔から生産者の頭を悩ませてきたのが、“餌のコスト”でした。藤原は、トータルコストの約6割を占めるとされる餌代を、ICT技術により削減することにチャレンジしています。
このチャレンジをカタチにした製品が、ウミトロンが開発した「ウミガーデン」です。ウミガーデンを設置することで、いけすの中を常時モニタリングできるようにしたうえ、遠隔操作により餌やりをできるようにしました。
藤原 「小規模な生産者でも複数のいけすを管理しているため、無駄なく餌やりをすることが難しかったんです。しかし、ウミガーデンでモニタリングした魚の行動データと、気温などの環境データを照らし合わせることで、最適なタイミングで餌やりをすることができるようになります」
ウミガーデンを用いるメリットは、餌のコストを削減するだけではありません。たとえば、サーモンのような味や食感を持つ「サツキマス」や、マグロとカツオの特徴を併せ持った「スマ」など、これまでに養殖が難しいとされてきた魚を、短期間で成功させる可能性を持っています。
藤原 「これまで、新しい種類の魚を養殖するには、どんな餌やりをして育てれば良いのかを長期間実験を重ねる必要がありました。しかし、ウミガーデンで餌やりと飼育状況を関連づけて把握することで、『この魚は1時間に1度餌やりをすると効果的』などの分析ができるため、魚によっては1年という短期間で養殖できるようになります」
このように、今や養殖業に身を置く藤原ですが、かつてはJAXAの研究員として宇宙をフィールドに仕事をしていました。彼の視線が宇宙から海に移った理由は、そこに見えた“ビジネスとしての可能性”にありました。
「宇宙×エンジニア」から、「水産業×アントレプレナー」への転身
宇宙飛行士を目指し、JAXAの研究員となったーー。それが藤原のバックグラウンドです。大学で小型衛星の研究をしていた彼が最初の就職先として選んだのは、JAXAの研究員でした。天文衛星を用いたプロジェクトに関わる日々を過ごす中、いつしか彼は“シリコンバレー”への関心を深めていきます。
藤原 「宇宙開発の研究成果を実際の産業に役立てたいと思っていたところ、シリコンバレーでロケットや衛星をつくるようなベンチャーが次々と生まれていることを知り、現地で勉強したいと思ったんですよね。そこで、カリフォルニア大学のビジネススクールに留学することにしました」
留学後、MBA取得のため勉強をしながら、現地ベンチャーの立ち上げを手伝うなどビジネスの現場も経験した藤原は、それまでのエンジニアというキャリアから方向転換し、技術の事業展開に関われる仕事を選びました。
藤原 「帰国後、研究した技術をビジネスにして役に立てたいという思いが募り、JAXAを退職することにしました。そこから新規事業に携われる会社を求めたところ、三井物産に転職することになったんです」
三井物産では、「農業」に「IT」を取り入れた新規事業開発に携わりました。
藤原 「当時一緒に仕事をしていたベンチャーは、衛星データを利用して大規模農場の管理を効率化していたんですが、彼らのビジネスを見ていて、『一次産業をテクノロジーで効率化する』というビジネスに宇宙開発の技術活用の可能性を感じ、起業することを決めました」
「失敗するなら、どんな理由か?」
あえてメンターに求めた本音の意見
▲ASACの3期生と。プログラム受講中に聴いたメンターの“本音”をビジネスに活かしている
「誰もやらなかったことをビジネスにしたい」ーー。そう考えた藤原は、今後、食料需要が伸びていく可能性のある“水産業”を選びました。そうして2016年4月にウミトロンを設立。彼が最初に取り組んだのは、「生産者の困りごと」を聴くことでした。
藤原 「生産者の方は、餌のコストはもちろんですが、餌やりのために毎日現場を離れられないことにも困っていました。養殖の多くは地方で行なわれており、だんだんと労働力の確保が難しくなっていますから、他の産業と同じように週休2日で8時間勤務にしたいと考える経営者の方が多かったんです」
生産者の課題を、どのように解決すれば良いのかーー。そんな疑問を抱えていた時に藤原が出会ったのが、東京都が運営するアクセラレーション施設「ASAC」のスタッフでした。藤原は、ASACには大企業やメーカーなど多様なメンターがいることを知り、自身のビジネスのヒントを得るため参加することに。
藤原はASACの受講がはじまってから、メーカーに勤めるメンターなど、自身のビジネスに関連のあるメンターへの相談を繰り返しながら、ビジネスの課題を突き詰めていきます。
藤原 「いただいたアドバイスで印象的だったのは、『大企業や他のメーカーが参入してきた時に備え、どう差別化していくのかが重要』ということでした。私たちが取り組んでいるのは、割と新しい分野のビジネス。これまでは競合とか意識していなかったんですけど、成長のためにも、“大企業ではできないビジネスをきちんとつくる”必要があるんですよね。メンターの方も、『自社がやったほうが大きなビジネスにできるのでは?』という視点でシビアに見ているんだな、と感じました」
ASACを受講した5ヶ月間に、藤原は製品の試作機を養殖場に持ち込み実証実験をしたり、社員の体制を整えたりと、会社としてビジネスを広げていくための基礎を構築。そうしてASAC卒業後、ファーストプロダクトであるウミガーデンを完成させました。
急上昇する食糧需要を、テクノロジーを用いた水産養殖で解決
▲ウミガーデンを設置しているいけす。藤原は餌代の削減だけでなく
“海洋資源の保全”も見据えている
ウミガーデンを完成させたウミトロンは、水産養殖の実証実験を繰り返し、ビジネスを拡大するべく取り組んでいます。藤原は、牛や豚、鶏などを扱う畜産業と異なり、今なお天然魚の漁獲に多くを頼る水産業には、養殖が担うべき役割が少なからずあると考えているからです。
藤原 「最近は、マグロのように捕りにくくなっている魚もありますし、世界的に食糧需要が伸びている中、漁獲だけで安定的に供給するのは難しい。養殖魚は牛などの畜産に比べ餌も少なくて済み環境負荷も低いため、環境保護のためにも今後ますます重要性を増していくでしょう」
水産養殖の効率化を超えて、藤原が見据えているのは、海洋資源の保全。彼は、魚が育つ海を守るうえでも、ウミトロンのビジネスは価値があると考えています。
藤原 「無駄な餌による海水汚染を防ぐことで、水産資源の安全性を高めることができますし、養殖を効率化して魚の安定供給ができれば、過度な漁獲を避けることができます。私たちのビジネスは、自然環境の持続可能性を高めることにもつながると思っています」
海と最先端のテクノロジーが出会った時、人類の食糧供給の可能性は大きく広がるーー。ウミトロンを立ち上げる時に感じた確信を、藤原はこれから世界に向けたビジネスとして育てていきます。